waltz 2014

総合演出・映像:伏木 啓
空間設計・施行:井垣 理史
企画・運営:木田 歩

2014年09月18日[木]〜09月21日[日]19:00-21:30

会場:中川運河・長良橋北側

受付:中川区広川町5

出演:
上地 なつみ
, 宇佐美 綾
, 大脇 莉奈
, 金田 英雄
, 山口 祐輔
, 山内 康平

主催:中川運河 映像アーカイヴ プロジェクト(名古屋都市センター ARToC10助成採択事業)

後援:名古屋市, 名古屋港管理組合, 公益財団法人名古屋まちづくり公社 名古屋都市センター


協賛:株式会社タイホー, AGCグラスプロダクツ株式会社


協力:名古屋港漕艇センター, 名古屋学芸大学メディア造形学部

Art direction, Video images: Kei Fushiki
Space design: Masashi Igaki
Project management: Ayumi Kida

Date: Sep. 18(thu.) – Sep. 21(sun.) 19:00 – 21:30


Venue: The north-side of Nagara-bashi, Nakagawa Canal


Information desk: Hirokawa-cho 5, Nakagawa-ku, Nagoya.

Cast: UECHI Natsumi, USAMI Aya, OWAKI Rina, KANEDA Hideo, YAMAGUCHI Yusuke, YAMAUCHI Kohei

Presented by Nakagawa Canal Video Archive Project (ARToC10 grant-aided project)

Under auspices of City of Nagoya, Nagoya Port Authority, Nagoya Urban Institute of the Nagoya Urban Development Public Corporation

Sponsored by TAIHO Co., Ltd, AGC Glass Products Co., Ltd

Assisted by Rowing Center of Port of Nagoya, Nagoya University of Arts and Sciences

物語の誘惑にあらがって - 水川敬章

港や運河には物語がよく似合う。それも、人々の汗や血や粘膜のにおいが立ち籠めるような物語が。横光利一や日比野士朗が描いた上海の水辺をめぐる鮮烈の小説を想起せずとも、世の中は港や運河と人間をめぐる感傷的で生々しい物語(フィクション)で溢れている。夜に長良橋から眺める中川運河の風景は、こんなことを思い起こさせた。それは、中川運河の来歴=物語に対する、手前勝手な想像力の産物にちがいない。運河沿いに建並ぶ倉庫や会社の陰影の向こうには、パチンコ店の建物が存外やさしく照らされ、やがて堀川と交わるであろう名古屋駅方面は、ミッドランドスクエアから風俗店まで種々の建物の光が混じり合い夜を照らす。過去の残滓をまとう夜の運河と、グローバルな経済都市名古屋の夜の輝き。この風景は、そこに沈殿する「人々の営み」という感傷的で生々しい物語=歴史を想像することへの欲望をかき立ててやまない。しかしながら、waltz2014は、この飽くなき物語への欲望を断ち切った。
本作品では、中川運河の東岸に設けられた観賞地点から、半扇形になるようにフロートに6つのスクリーンが設置され、運河をバックにときおり手を顔に当てる6人の男女の映像と、中川運河をめぐる風景——団地のような建築物からの眺望や、運河の川面に比較的近いアングルから撮影された運河の風景などが映し出された。映像は断片的に編集されており、スクリーンごとに異なるタイミングで映像が投射された。風景の映像は、6人それぞれの中川運河にまつわる記憶に関係すると後に知ったが、この作品を素で鑑賞する限りその関係性は解らない。なぜなら、6人の男女と中川運河との関係性=物語は、断片化を指向する映像表現によって時空間の因果から解き放たれ、砕け散ったからだ。故に、この映像は、感傷的な運河の物語に対する人々の欲望を退ける。中川運河の風景が鑑賞者の眼に映り、物語の方へ誘惑したとしても。
また、本作品では、観賞エリアの地面を掘削し、6つの水槽を作って運河の水を注ぎ、映像が投射された。水槽の底は、運河上のスクリーンに映し出された人々の手を映し出した。その手は時に水面に触れたように見えるが、映像が水を通過して投影されることで、それはぼやけて滲む。手が水に触れたのか、水面が揺いだのか、鑑賞者は惑う。そして、身体から切り離された手は、運河上の6人の映像が揺れる河面に反射して溶解する以上に、運河の水と溶け合うだろう。運河からも身体からも切り取られたもの同士が、運河をめぐる物語を育んだ河岸の上で、純粋な水と光になって揺らめくのだから。これは、物語や歴史や記録といった有機性や因果律に支配された表現から、中川運河と人々の生をめぐる何事かを解き放つことの密やかな徴である。
かくして四夜の間、中川運河の歴史=物語からはぐれた記憶の欠片のような中川運河の映像は、長良橋北側の空間を包み込んだ。この間、凡庸なサイトスペシフィック性がwaltz2014に宿ることは、終ぞなかったはずである。

みずかわ・ひろふみ(愛知教育大学国語教育講座助教/日本近現代文学・文化)